2012-01-01から1ヶ月間の記事一覧
誰かを癒せることは消耗ではないが、癒すために癒されることも時には必要。
ないものを数える生き方よりも、 あるものを抱える生き方もいい。
中身に触れて素敵だと感じられる幸せに、肩書きや背景は関係ない。
時間は残酷なほど公平に過ぎてゆく。 時の流れの中で、私にできることをする。
触れ合う以上の近さを感じられるのは、それぞれという存在あればこそ。
誰かを想う気持ちが自分を強くするから、日々、心の筋トレ中。 誰かを想えるためにしなやかさが必要だから、日々、心のストレッチ。そして、休憩しながら満たされていく。
最悪のパターンを想像することと、 楽観的すぎる予想に胡座をかくのは、 実は大差ないのかも知れない。
自分にできることをする、というシンプルさが案外大事なことだよね。
波紋の初めの一石となって、広がってぶつかって重なり合ってゆく。
あの頃を思い出すのは懐かしく、 あの頃は思いもしない今をゆく。
確実性の追求は、不確実性の許容。
生きていく事ってリスクだらけ。 でもそれが、生きているってことでしょう?
型にはめているつもりはなくても、意図的に変えないと型通りなのが行動パターン。
時間は思う間に過ぎて、 時は想うままに過ぎぬ。
あの朝、咄嗟に抱き締めてくれたその腕に今も支えられていると感じるから、私も誰かを支えられる腕を持ち続けよう。
誰もが居場所を求めている。 でもそこは、24時間366日居続けたい場所というわけじゃない。
目線の高低を問題にするのは、目配りができていないから。
時の流れは長く付き合ってこそ実感するもの。
自分の立ち位置は、歩みを進めれば変わるもの。
酸いも甘いも噛み分けるってことがずいぶん苦手になった世の中。
本当のこととは自分に都合のいい事ではないのか。 誰かが嘘をついていると思い込んでいるだけではないのか。 明らかにならぬ真実も事実の中にちゃんとあるもの。
袖擦り合うほどの縁は、ある種の意図的なニアミスで結ぶもの。 意図的に擦り合わさぬ事の方が多いのかも知れないけれど。
惑い惑いて来た道行く道。 その果てまでも惑い進めよ。
思いがけないところから出てくるあの日の記録は、憶えていたはずの不確かな記憶。 時の流れを示すものは、時が止まっていたかのように感じさせるほど鮮やかに蘇るタイムカプセル。
月の光に浄められ、陽の光に力をもらう。 行き先は自らの光で照らして歩む。
目的も手段も、願望のための口実に過ぎないと気付いたら、それはきっと実行しない方がいいのだろう。
日常と非日常の境目は、案外簡単に越えてしまうもの。 知らぬ間に行き来する、それを日常と呼ぶのだろう。
雲ひとつない青空も素敵。 陽の光と雲が織りなす天空の芸術も好き。 雪が舞い散る風景を眺めるのも楽し。 澄んだ夜空に浮かぶ星月の輝きも美しい。 移り変わるからこそ心惹かれる空模様。
この世に存在するものの総ては、それを神と呼ぶのなら、神がその存在を赦したものの総てなのだろう。
情報は思考の種。 思考は情報の源。